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風立ちぬ

日々の想いを風に乗せて…

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弥生3月… 

山梨の娘のところには、1日おきぐらいに、電話している。
「もしもし、今日は寒かったね~!そっちは、どう?もっと寒いでしょうね。」

「てっちゃんは、元気?みんな変わりない?もう、ご飯食べたの?」

そんなたわいも無い電話…
わたしの母が、そうだったように、わたしもまた、心配性なのだ。

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母の晩年、毎日のようにかかってくる電話に答えながら、わたしは夕飯の支度の忙しさから、生返事を繰り返していた。
そして、電話を切りながら、「もう、おかあさんたら、いつも同じことばかり言って…」と、独り言をつぶやいたのだった。
受話器を置く前に、つい、言ってしまった…

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母は、自分から電話を切る人ではなかった。
たぶん、受話器を耳にあてながら、相手が切る音を確認してから、そっと受話器を置くような、そんな人だったと思う。

わたしの迂闊な独り言を、きっと母は聞いてしまったのだろう。
あれほど、毎日来ていた電話なのに、それから数日間、プツリと来なくなった。
わたしは、何となく気づいていながら、自分から電話をかけようとはしなかった。

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日々の暮らしに追われてはいたけれど、たった1本の電話をかける時間がないほど、
余裕が無かったわけではないのに、ちょっと意地をはっていたのかも知れない。
優しさが足りなかったと思っている。

それから、一週間後、心臓の発作で母が入院してしまった。
12月始めのことだった、そのあと、お正月に一時退院できたけれど、再度入院した後、三月の終わりに、大好きな桜が咲くほんの少し前に、帰らぬ人となってしまった。

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母は、最期まで、娘のことを案じていてくれたのだと思う。
たわいの無い電話のなかに、母の愛情がこもっていた事に今更ながら気が付いて、わたしはとても後悔した。
親不孝なことに、謝ることさえしていなかった…「ごめんね、おかあさん」

人の面影は、写真で残せる。何度でも繰り返し、その姿を確かめることができる。
でも…声は。
今なら、ビデオとかの映像の中に残せるのかもしれない。
でも、父の声も母の声も、どこにも残っていなかった。
記憶の中の優しげな声は、けして忘れることは無いのだけれど、もう、二度と聞くことは叶わないのだった。

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葬儀の時、母の棺に、わたしは、テレホンカードを忍ばせた。
「おかあさん、天国から電話してきてね!」こころのなかで、何度も叫んでいた。
母が、亡くなってから、しばらくの間、わたしは、時々、受話器を手にとって耳に押
し当ててみた。
母の声が聞きたかった。わたしを案じてくれる優しい声が聞きたかった。
叶うなら、あの日に戻って謝りたい。
そして、ちょっと遠慮がちに言う、あの「もしもし…」という柔らかな声だけでもいいから聞きたいと願った。

娘に電話しながら、ふと、そんな事を思い出すことがある。わたしも母と同じだ。
いくつになっても、親は子どものことを案じ続けるものなのだと思う。

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次の日、娘から電話があり、『昨日、おかあさんからの電話を彼が聞いていてね、お母さんもそろそろテツに逢いたいんだろうから、遊びに行って来たら?一晩泊まって来てもいいよと言ってくれたの。
週末、もし、良かったら行ってもいいかしら?』と、言う。
わたしは、大喜びで、週末が来るのを指折り数えて待っていた。

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主人は、いつものように『何しに来るんだ、この間来たばかりだぞ、来なくてもいい。』なんて豪語していたが、やはり、てっちゃんの顔を見た途端に相好を崩した。
そして、娘を買い物に誘い、てっちゃんのおもちゃを買って帰ってきた。
あかちゃんが、押したり、乗ったり出来る手押し車。

もちろん、てっちゃんは大喜びで、早速乗って遊んでいる。
わたしは、かつて、主人が息子に買ってきた車の事を思い出した。
あの時は、赤い消防自動車だったっけ…

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娘は嬉しそうに、とっても優しい顔でてっちゃんを見つめながら
「良かったね~♪てっちゃん、じいじが買ってくれたんだよ。じいじ、ありがとう~♪」と、てっちゃんに話しかけている。

こんな風に、家族の絆って、結ばれていくんだろうなと思えた。

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母の亡くなった、ちょうど一年後、弱音ひとつ吐くことも無く、あれほど元気で働き者だった父も倒れ、まるで後を追うように逝った。
いままで、辛いから、ほとんど語る事は無かったけれど…
母が逝って、もう、今年で10年、父が逝って、9年が経つ
弥生3月…もうじき、そんな父母の命日がくる。

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category: 日々の思い

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コメント

まだ。。間に合うから。。。

 私の母hikarukoさんは、用事がなければ電話がありません。用事が済むと「がちゃんっ」と、切ります。でも、それは・・・私が忙しいのを知っているから・・・

 幸い、両親共に存命。今なら、録画機能がある・・声と顔を残しておこうかな・・・

びるげ #L1ch7n1I | URL | 2010/02/18 22:58 - edit

No title

私の母はおかげさまで元気です。
ただ、写真のような美しい桜を見ると、桜の季節に去っていった叔父を思い出します。猟師一筋きどらない叔父でした。私は娘とボートで釣りをしていました。しかし、まったく釣れませんでした。同じ頃、叔父は同じ海に心臓発作で落ちて亡くなりました。海は我々親子に叔父の死を、いつもと違うことで教えてくれていたのかと思えてしまいました。叔父は桜吹雪の中、焼かれ、天に昇りました。生前、叔父にもらったガラスのビン玉が我家の庭に置かれています。桜とお母さまのお話に、ちょっとうっときて、少しずれた話を書いてしまいました。

すーやん #- | URL | 2010/02/19 22:19 - edit

こんばんは。

義理の母が亡くなって一年半になります。縁あって親子となったのに、何も親孝行らしきことをしていないことを、このエッセーで思い出しました。
その分妻や子を大事にと今は思いますが、…です。

youic #r6T6jf7M | URL | 2010/02/20 00:09 - edit

びるげさんへ

びるげさんのご両親はご健在で良かったですね(*^_^*)
今、この時を大切に、紡いでいってください。
声って、本当に不思議です。話し方とか、抑揚や、声色とか、思い出せるのだけれど、何だか薄れていってしまいそうな気もします。
忘れるはず、無いんですけれどね。時々、不安になります。
残せるものなら、ご両親の笑顔と共に肉声を残しておかれると良いかも…です。

sizuku #a8vfL3MM | URL | 2010/02/20 00:11 - edit

すーやんさんへ

すーやんさん、桜にまつわる叔父様との想い出をありがとうございます。
桜って、なぜか不思議と悲しさを誘いますね。
あまりに美しく咲いて、あまりにも儚くさらさらと散ってゆくからでしょうか。うたかたの夢のようですね。
人の人生もまたうたかたの夢なのかもしれません。
叔父様は、桜吹雪の中、天に昇られたんですね。
同じ海で…きっと海が何かを教えてくれていたのかもしれませんね。
庭のガラスのビン玉って、漁師さんが浮きに使うものでしょうか?透き通った青い丸いガラス玉…綺麗ですよね。
思い出を大切するすーやんさんの優しさを感じました。
お母様、ご健在でなによりです(*^_^*)

sizuku #a8vfL3MM | URL | 2010/02/20 00:27 - edit

youicさんへ

youicさん、こんばんは。
義理のお母様が亡くなって一年半でしたか。
まだまだ記憶に新しく、奥様は特に、悲しみが癒えない時期かも知れませんね…
わたしもようやく、こんなふうに語れるようになりましたが、想い出せばやはり涙が零れます。
>縁あって親子となったのに
youicさんのこの言葉、良いですね…
なんだかとっても暖かく、youicさんの優しく誠実なお人柄がしのばれます。
>その分妻や子を大事にと今は思います。
やっぱり素敵です。奥様はきっとお幸せだと思いますよ(*^_^*)

sizuku #a8vfL3MM | URL | 2010/02/20 00:37 - edit

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