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風立ちぬ

日々の想いを風に乗せて…

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紫苑咲く頃 

少し前の日記です。
わたしは、紫の花色が好きなのですが、なかでも、竜胆と紫苑の花が好きです。
10月の始めに、てっちゃんを連れて昭和記念公園に行ってきました。
この時季、昭和記念公園はコスモスの花が花盛りで、何万株と言うコスモスが咲き誇
るコスモスの丘があり、人気のスポットになっています。
レモン色の黄色いコスモスや、こっくりとした深い花色のチョコレートコスモスなど
種類も多く楽しめます。

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コスモスの花も好きなのですが、やはりわたしのお目当ては紫苑の花です。
紫苑は、母が好きな花でした。そんなところも、わたしの心に刷り込まれているので
しょうか?
しおんという、言葉の響きも、紫苑と当てた漢字も、好きなのでした。
だんだんと深まりゆく秋の庭に、芳しい香りを漂わせて咲く小菊と、絡み合うような
秋薔薇の彩りに、そっと寄り添うような背の高い紫苑の紫が、窓の下で吹き抜ける風
に揺れていました。
出窓にもたれて、楚々とした薄紫の花影を見ているのが好きでした。

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西立川口から入っていくと、正面に水鳥の池が見えます。
天気の良い日にはボートも浮かんでいたりして、青い水面もキラキラと光り
ベンチで語り合う恋人たちも、素敵です。

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この池を右回りに回って行くのが、いつものわたしのコースです。
池の中の丘に、大きな欅の木があって、何のストレスもなく
自由に枝葉を伸ばした健やかな姿が好きで、水面に映り込む姿も素敵です。

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大好きな樹です。

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そして、岸辺に植えられた、鈴懸けの樹も好きな樹です。
スズカケノキって、名前もいいと思いませんか?
枝先に下がる実の形が、まるで、たくさんの鈴を懸けたようだから鈴懸けの樹とも
山伏が着る篠懸(すずかけ)に付いた房に似ているから篠懸けの樹とも呼ばれていると言ます。
またの名を、プラタナスと言い、明治末期にアメリカから渡ってきたそうです。
プラタナスもいい名前だと思うけれど、やっぱり鈴懸けがいいなぁ…と思います。
ここの鈴懸けの樹は、樹皮が剥けるモミジバスズカケノキのようでした。

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かわいい、鈴懸けの実

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鈴懸けの樹には、ちょっぴり甘酸っぱい想い出があります。
高校を卒業して、初めての同窓会で意気投合したM君。
新宿御苑のデートに誘われました。ちょうど12月頃で、大きな鈴懸けの樹に、
鈴なりで実がなっていました。
ちょっと照れながら手編みのマフラーを嬉しそうに巻いて、手を繋いで歩きました。
『ちいさな鈴を、まるでいっぱい枝にぶら下げたみたいでしょ。
だからスズカケノキって言うんだよ。風が吹いたら鈴の音が聞こえそうだよね。』
わたしは、彼から、スズカケノキの名前を教わりました。
スズカケノキがプラタナスだと言う事を知ったのはずっと経ってからでした。

わたしが、想い出に浸っていたら、
てっちゃんは、拾い上げて遊んでいました。

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とても大きな金木犀の樹が立ち並ぶ並木がありました。
またまた、わたしにとって大切な想い出の樹でした。

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今日は、てっちゃんママが、てっちゃんとばぁばのために手作りのお弁当を作ってくれました。
『おかあさん、荷物になるかも知れないけれど、お弁当を作ったから持って行ってくれる?
 たいしたものは、入っていないんだけれどね…』
そう言って、手渡してくれました。
「てっちゃん、ママが、お弁当を作ってくれたから食べようか?」と言う事で、
少し早いけれど、ベンチでお弁当を広げました。

から揚げに、たまご焼きに、肉団子に、ウインナーに、おいなりさん(*^_^*)
てっちゃんの好きそうなおかずが、彩りよく詰められていました。
しょうちゃんもいて、朝は忙しかったろうに、てっちゃんに食べさせたい親心。
娘も、母親になったんだなぁと、改めてしみじみしてしまいました。
てっちゃんは、美味しそうにモリモリ食べていました。

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子どもって、いろんなものに興味津津。
些細なものに夢中で、なかなか先に進みません。

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すると、てっちゃんは、いきなり走っていきます。
この前、来た時に、パン屑を投げてやった水辺を覚えていたようです。

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水鳥やお魚を眺めて満足そうです。

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やっと、みんなの原っぱへ着きました。(続く)

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category: 日々の思い

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眠りにつく尾瀬 

『今日、NHKのBSで尾瀬ヶ原の旅が放送されるけどご存知かしら?』
尾瀬仲間の和風子さんから、携帯にメールをいただいた。
見逃すと困るので、録画して、そして、早めに夕食の支度が終わったのでテレビの前へ…

番組が始まるとすぐに、尾瀬の玄関口の戸倉の様子が映し出される。
そして、車は鳩待峠へと登りあげる。
わたしは10年ほど前、毎年尾瀬へと出かけていた。
出かけたと言っても、春に一度、夏に一度、秋に一度、年に3回行けたなら多い方だったけれど。

そんなわたしの尾瀬通いも5年ほどで終わってしまった。
以前は、行けない事が寂しくて哀しかったが、今は、その想いにも
封印する術を身に付けた。
尾瀬仲間のみなさんとの交流は今も続き、こうして気遣ってくださるのだ。
尾瀬には行けなくなったが、わたしにかけがえのない仲間が残った。

やがて、テレビは鳩待峠の佇まいを映しだす。
石造りの鳩待山荘の建物、アヤメ平に向かう登り口
至仏山への登山口、そして、山の鼻へと降りて行く木道、
ブナの巨木、至仏山を見渡せる場所
トチノキ、クロベの巨樹、テンマ沢、川上川、
面影橋を渡れば、山の鼻の山小屋が見えてくる。
風立ちぬベンチの脇に立つ、幹が折れたシラビソの樹
ベンチに座り、遠く、燧ケ岳を望み、風の行くへに耳を澄ますのが好きだった。
白樺林、エゾリンドウの紫、イワショウブの赤い花穂、ヒツジグサの池塘

どこまでも燧ケ岳が見守り、至仏山が見送る木道。
そして、見晴らしの山小屋群を見つめながら歩いた朽ちた木道
原の小屋は、19歳の春、初めて宿泊した想い出の小屋だった。
赤田代へと向かう、水芭蕉の咲く丘や、分岐に置かれたベンチ
静かなるベンチと名付けたそのベンチに座って、遥か至仏を望み、
湿原を渡る風を見るのが好きだった。

降るような星空にも、燃えるような朝焼けにも、池塘を染める夕日も
かつて、知っていた。

番組を見ながら、懐かしさが込み上げてきた。
いつか、いつか、必ず帰ろう。眠りにつく晩秋の尾瀬に…

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category: 森・山

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故郷の山 

ずっと、昔、確かに行った事がある場所…
遠い記憶の底の方に忘れ去られてしまっていたけれど、
ほんのかすかな記憶がある。
きっと誰にもそんな場所があると思う。

それは、小学校の遠足で訪れた事がある場所だった。
覚えているのは、「高山不動」という名前だけだった。
それでも、忘れずにいた事が不思議だった。
わたしは、林道を上りあげ、行ってみる事にした。

紅白のソバ畑。赤い蕎麦はヒマラヤで見つかったソバだと
聞いた事がある。確かルビーという名前だったような?

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白いソバ畑も、山間に清楚に咲き競う。

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アップにすると、ソバの花って、とっても綺麗だと思う。

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集落も途絶え、山道を登りあげると、高山不動への道が分かれた。
古い民家が現れる。

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こちらは、宿坊だったのか?現在は使われていないような雰囲気だ。

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お寺の敷地内に神社?何だか不思議。三峰神社と書かれていた。

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常楽院本坊は、修験寺院だったそうでかつては多くの修行者が集まったと言う。
当時は、周辺には宿坊が36あったと伝えられている。

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一番奥の高山不動尊に続く坂道の角に一軒のお宅があった。

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とても綺麗に手入れされたお庭。ひっそりとしているが、人が住んでいるようだ。

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門前には小さな野菜畑があり、サフランの花が美しく咲いていた。

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角を曲がって、わたしは、あっと、声をあげた。

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あまりにも大きな銀杏の巨樹が堂々と佇んでいたのだ。

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子どもの時の記憶の中に、この大イチョウはなかったから本当に驚いた。

まさか、こんなに素晴らしい巨樹に出逢えるとは…
人生とは、別の事を計画している時に、偶然出会ってしまったようなもの。
星野道夫さんの言葉を思い出す。
まさに、そんな感じ…わたしは根張り、枝ぶり、樹高ともに素晴らしいこの巨樹との出会いに感動してしまった。

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この、長い石段を登りあげた所に高山不動寺がある。おぼろげながら記憶が蘇った。

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少し息を切らしながら辿り着いた境内には、大きなお寺がひっそりと建っていた。
開け放たれた御堂には、うずくまるように時が眠りにつこうとしているようだった。

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傾き始めた午後の陽射しが、お寺の屋根を照らし、西日が赤く染める。

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関東三大不動寺に数えられる高山不動は奈良時代に創建の古刹だと言う。
現在は無人のお寺だと言う。時代の流れなのかな…
少し寂れた感じのかつての古刹。山寺の夕暮れは思ったよりもずっと早く訪れそうだ。

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なんとなく、ぞくっとして、わたしは、古寺を後にした。

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大イチョウは、堂々と佇んでいた。この大イチョウが金色に染まるころ、また訪れてみたい。
そして、金色の葉が、はらはらと散りゆく時にも…

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奥武蔵の山並みは、薄墨を流したように淡い薄紫の濃淡に霞むように横たわっていた。
わたしの故郷の山…この山並みを見て育ってきた事を思い出した。
人は、だんだんと故郷に帰っていくものなのかもしれない。
これからは、ふるさとの山に、時々訪れてみたいと思ったのだった。

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category: 森・山

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ひっそり吾野宿界隈 

吾野宿という言葉につられて、駅前の案内板を眺めた。
まず、観音岩窟というのが気になって、線路沿いに建つお寺に向かった。
山門に貼られた立春大吉という護符が良い響きで、素敵だなぁと眺めていたら、
とても品の良いご年配の女性に声をかけられた。

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『あらあら、お地蔵様のお顔が隠れてしまったわね。』
そんなふうに、おっしゃって、門前の六地蔵の一番端のお地蔵様のお顔にかかった
赤いよだれかけを直されていた。
ここのお寺の奥様のようで、このお寺は、関東札所三十一番のお寺だと言うこと、
最近、屋根を葺き替えたことなど教えてくださった。
お庭には、古い鬼瓦が置かれていたり、釣鐘が置かれていた。

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白い砂を敷き詰めたお庭にはカタバミの花が群れていた。

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昔の屋根の瓦が花に埋もれてオブジェのように…

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こちらは古い鐘

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わたしが、観音岩窟のことを尋ねると、行き方を丁寧に教えてくださった。
『この線路づたいにしばらく行って、踏み切りをわたってください。
そうするとね。案内板がありますから、山道をしばらく登って行かれると、
朱塗りのお堂があります。
その扉を開けて中に入ると、センサーが働いて、観音様のお姿が見える仕組みに
なっています。今日は、お天気がよろしいから、きっと気持ちが良いと思いますよ。』
穏やかな笑顔と、誠実な話しぶりが、とても気持ちの良い方だった。

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わたしは、お礼を言って、歩き出す。
線路沿いには、何軒かお宅が並んでいて、おじいさんが植木の手入れをしていたり、
わずかな土地に、いくつかの野菜の芽が出ていたり、葉唐辛子の赤い実が艶やかに
実っていたりしていた。
自分たちの食べる分だけを植える。こんな慎ましやかな暮らしぶりをいいなぁと思う。

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お部屋に、画架のあるお宅があった。庭には石膏の彫刻だろうか不思議な像があった。
手作りの案内板が、とてもかわいらしかった。絵画教室をしているお宅のようだ。

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山に抱かれたような小さな踏切、秋の陽だまりが心地良かった。
そこにやってきた電車は、わたしが子どもの頃に乗ったレッドアロー、
白い車体に赤と緑のラインがはいっている。すごく懐かしかった。

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川沿いの細い路地を歩いて行くと、古い街並みが現れる。
まるで、一昔も二昔も前の世界に迷い込んだかのようだ。

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こんな裏木戸、昔の家にあったなぁ。

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小さな路地を曲がると、小さな神社

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そして、線路の下の小さなトンネルを抜けて坂道を登れば…

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忘れ去られたような、小学校の跡地が現れた。

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小さな校庭に佇む二本の樹、ポプラの樹かな?
この校庭に子どもたちの歓声が溢れていたのは何時の事だろううか?

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しばし、時が止まったままのような跡地で、わたしは、ちょっと、ぼんやりしてしまった。
ポプラの樹の上には青空に白い雲が浮かび、周りの山々が見渡せる気持ちのいい場所だ。
年月を経た枝垂れ桜の古木が、静かにたたずんでいる。
どんな学校だったのだろう?見てみたかったと思った。

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同じ、吾野の南川小学校は、今も高台に校舎が残っている。
こんな校舎だったろうか?いや、もっともっと小さい校舎だったのじゃないかなと思った。

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小学校の跡地を下り、古い街並みを散策すると、おせんべい屋さんが目に入った。
手焼きのお煎餅でも買おうかなぁと、ふらっとお店の中へ入ると、またまたこちらの
店内も、古いモノたちが、いまもなお健在で、燻銀のような光を放っていた。

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この飾棚も、この箪笥も、骨董屋さんが訪ねて来ては譲ってほしいと言われると言う。

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『でも、これは売り物ではないから。うちでは、まだまだ現役で使っているモノだから。
売れないんですよ。この引き出しなんて、すごく重宝しているんですよ。』
と、奥さんは話してくれた。凄く、良いお話しだなと思った。
古い家具たちも、どこかに飾られるより、こうして使ってもらえて喜んでいるように見えた。

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「とても、懐かしいです。子供の時、近所のお店に行くと、こういう入れ物があったわ。
古い物を、こんなにも大切に使ってあげてるのに感動ですよ。」と言うと、
『古いものがお好きですか?良かったら、家の中も見ますか?』と、奥さんは裏のお部屋も見せてくださった。

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そこには、代々、使っていると言うおせんべいを焼く器具が置かれていた。
今は、息子さんが焼くそうだが、ご飯の時以外、ほとんど付きっきりで焼いているそうだ。
なんだか、凄い物を見せていただいた気がした。

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奥さんにお礼を言って店を出た。
今回の目的の一つ、「浅見茶屋さん」に向かった。
このお店も、おばあちゃんの代から始まり、そのおばあちゃんの意思を継ぎ、
お孫さんの青年が店を切り盛りしている。
住居だった古民家を改装し、古い家具などを大切に残しながら、新しいエッセンスを
盛り込んだ、不思議なお店だ。ご家族総出で、心のこもった接待をしてくれる。
裏庭には、まだシュウカイドウの花が咲き、離れのトイレにもジャズやクラッシクが流れる。
ここのおうどんは、本当においしい。子供の頃、父母と一緒に来た事があるのだが、
その時は、おばあちゃんが健在で店を切り盛りしていたのだった。

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数年前、偶然、この店に再会し、以来、年に何回か訪れる。
彼は、覚えていてくれて、いつも嬉しそうに挨拶してくれ、帰る時には店先まで出てきて
姿が見えなくなるまで見送ってくれるのだった。

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吾野の人は、素敵な人がたくさんいらっしゃると、今回、ますます、好きになったのだった。

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この後、高山不動寺を訪ねましたが、ながくなりましたので続きは、また。

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category: 里山

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風あざみ 

陽水さんの曲って、本当に歌詞が素敵
そもそも、わたしの青春時代そのものなのだった。
最初のアルバム「氷の世界」はセンセーショナルだった。

“窓の外ではリンゴ売り 声を枯らしてリンゴ売り
きっと誰かがふざけて リンゴ売りのマネをしているだけなんだろう…”
なんて、今までの歌の歌詞にはないセリフだった。

「桜三月散歩道」なんて、すごく好きだった。
“ねぇ、君 ふたりでどこへ行こうと勝手なんだが
川のある土地に行きたいと思っていたんだ…”のあのフレーズが好き

そして、ぼくたちは、影踏みをして遊ぶんだ…みんなで影を連れてね
の台詞も大好きだったなぁ。

「白い一日」は、大人びた世界を垣間見る様で憧れた。
まっしろな陶磁器を眺めては飽きもせず かといって触れもせず
そんなふうに君のまわりの僕の一日は過ぎて行く
ある日、踏切の向こうに君がいて 通り過ぎる汽車を待つ
遮断機があがり振り向いた君はもう、大人の顔をしているだろう…

深い言葉、どんな意味なんだろうと思っていた。
届かない憧れって言うか、恋って言うか。そういう感情がリアルに伝わり
聞けば聞くほど、その良さが分かった。
あとで知ったけど、これは、小椋圭さんの作詞だったそうだけど、
なるほどと思った。それにしても切ないメロディーラインは、
やっぱり陽水さんだと思った。

「能古島の片思い」
尽きせぬ波のざわめく声に今夜は眠れそうにない
浜辺に降りて裸足になれば 届かぬ波のもどかしさ
冷たい風は季節を僕に耳打ちすると逃げてゆく
時折り砂はサラサラ泣いて 思わずぼくももらい泣き

ってフレーズも、すごく美しい言葉だなぁって思って聞いていた。
何だか月明かりの波打ち際の様子が目に浮かんでくるようで、
軽妙なメロディもとても素敵で、能古島に行ってみたいと思っていた。

「帰れない二人」

僕は君をと言いかけた時 街の灯りが消えました
もう星は帰ろうとしている 帰れない二人を残して

結んだ手と手のぬくもりだけが とても確かにみえたのに
もう、夢は急がされている 帰れない二人を残して…

この曲は忌野清志郎さんと作った曲だそうだ。
彼とのセッション、聴いてみたかったな…

次々と思い出してしまう。恋に憧れていたあの頃、ああ、良かったなぁなんて…
この頃の好きな曲をあげたらきりがないけれど…

大人になってからも彼の曲に、心奪われた。

「五月の別れ」

風の言葉に諭されながら 別れ行く二人が五月を歩く
木々の若葉は強がりだから 風の行く流れに逆らうばかり

月と鏡はお似合いだから それぞに憧れ夜空を眺め
星降る暗がりでレタスの芽がめばえて
眠りから醒めながら 夢をひとつだけ、あなたに叶えてくれる

どの言葉も素敵過ぎて、大好きな曲です。

そしてこの時期、アザミの花をみると、陽水さんの「風あざみ」
という言葉が浮かびます。

夏が過ぎ 風あざみ…誰のあこがれにさまよう
ああ、なんて綺麗な言葉でしょう。
夢花火、宵かがり、想い出のあとさき…
陽水さんは、本当に綺麗な日本語をたくさん知っているんだなぁと思う。
その美しい言葉が、さらに美しいメロディに乗って、心に響くのだと思う。


     少年時代

夏が過ぎ 風あざみ
誰のあこがれにさまよう
青空に残された わたしの心は夏模様

夢が覚め 夜の中
永い冬が窓を閉じて
呼びかけたままで
夢はつまり 想い出のあとさき

夏まつり 宵かがり
胸のたかなりにあわせて
八月は夢花火 わたしの心は夏模様

目が覚めて 夢のあと
長い影が夜にのびて
星屑の空へ
夢はつまり 想い出のあとさき

夏が過ぎ 風あざみ
誰のあこがれにさまよう
八月は夢花火 わたしの心は夏模様

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category: 音楽

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煌めく秋 

「秋は、透明な紫だと思う。」いつか、そうつぶやいたら、
『透明なむらさきか…素敵なコトを言うね。』と、あなたはうなずいた。
人は、いつも一緒にいるから繋がっているのではないと思う。
ちいさな一言で満たされ、いつまでも忘れない。
きっと、魂の綺羅(きら)で、繋がっているのだと思う。

森影の、カメバヒキオコシの小さな紫の花に、朝日が透けて見えた。
ワイン色のガクが、まるで星のように綺麗だったから、ふと、思い出したのだった。

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『秋はね。煌めく命が見えるようだね。』と、あなたが言う。
「本当に…生命(いのち)があふれているね。」と、わたしが答える。
あれは、秋の日差しが暖かく降り注ぐ里道だった。

トンボの翅の輝きに、からみあいながら空に舞い上がる蝶たちに。
煌めく生命の賛歌が、ささやかな生命の営みが伝わってくるようだった。

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アキアカネの翅の色に、いつまでも見入っていた。
空の凄く高い所を、たくさんのトンボが音もなく飛んでゆくのを
ただ黙って見上げていたよね。

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ウラナミシジミの愛らしい瞳。後ろ翅の下には、青い目玉模様と小さな突起がある。
これは、敵に、こちらが頭だと思わせるように、カモフラージュしているのだって、
時々、後ろ翅を擦り合わせては、突起が触角に見えるような巧みな動きをする。
生きるために備わった不思議な習性。こんなに小さな命なのに、精一杯生きているんだね。

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そっと開いた、表翅の色は、美しい青い色だった。
わたしは、息をのんだ。自然はなんて美しいのだろう。

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野道の野菊も、紅いミズヒキも、草むらのカヤツリグサもエノコロ草も、
真っ赤なツリバナの実やガマズミの実に、野葡萄の薄紫のグラデーションにも、
秋の日差しが寄り添うように…

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小川のせせらぎに浮かぶ波紋に、ちいさな魚の影が遊んでいる。
せせらぎの心地よい音が、絶えず流れて、水底の小石が丸く輝くように、
わたしの心の角を丸くやさしく包みこんでくれた。

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里の稲穂や、はさ掛けに、モズの声に、
絡み合ったコスモスの腕にまどろむ光、しなやかなススキの穂に揺れる光。
セイタカアワダチソウの花色に、

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緑の中で色づき始めた赤い葉に、野辺に咲き残った彼岸花の花の上に、
風に揺れる赤い実や、森影に、楚々と咲く野アザミに、降りた光に。

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ひっそりと、命の網を架けたクモの糸にさえ
煌めく命の光をまとって、静に透明な秋が座っている。

そして、わたしは、
秋が巡り来る度に、繋がる心の糸をそっと、手繰り寄せてみたくなる。

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category: 里山

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置ける白露(しらつゆ) 

萩の花は、秋の七草、初秋の頃に咲き始め今頃にはほとんど散ってしまう。
しなやかな枝葉に揺れる萩の花を、わたしは美しいと思う。
何年か前、萩の花が咲き乱れる小道を通り抜けたことがある。
はらはらと散り敷いたピンクの花が小道を埋めていた。
こぼれ萩といって、秋の季語でもあり、萩の美しさの形容詞でもある。
今年も見たいなぁと思っているうちにすっかり季節は過ぎてしまった。
でも、先日、近くの公園で咲き残っていた花に出逢う事が出来た。
風にしなやかに揺れながら、過ぎゆく季節を詩っていた。

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ひらひら、舞う水色の小さな蝶は、シジミチョウ
年に3回発生するというこの蝶は、きっと秋に生まれた蝶だろう。
春から夏、そして秋へと短い命を繋いでいるのだ。

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そして、秋も深まり、朝晩が冷え込んで草花に降りた朝露が、白く玉のように結ぶようになる。
この事を24節季では白露(はくろ)というが、和歌では(しらつゆ)と詠まれている。
(はくろ)という読み方も素敵だが、わたしは、(しらつゆ)と読むほうが更に素敵に思う。
万葉の頃から萩の葉の上に降りた白露(しらつゆ)が良く詠まれたと言う。
やはり、それだけ萩の花には風情があると言う事なのかもしれない。

   夕置きて朝は消ぬる白露の消ぬべき恋も我れはするかも
   秋萩の上に置きたる白露の消かもしなまし恋ひつつあらずは
   我がやどの夕蔭草の白露の消ぬがにもとな思ほゆるかも
   白露と秋萩とには恋ひ乱れ別くことかたき我が心かも
   秋萩の上に白露置くごとに見つつぞ偲ふ君が姿を

どの歌も、おおらかに、そしてせつない恋心を詩っている。
万葉人って、素敵だなと思う…

わたしも、萩の葉の上に降りた白露を歌ってみたい。そして、撮ってみたいと思った。

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金木犀憧憬 

雨上がりの涼やかな青空に金木犀の香り立つ…
そして、暮れ行く街路樹に、偲びやかに金木犀の香りが流れて行く
あっというまに散ってしまう花だけれど確かな存在感を持って咲いている。

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わたしにとって金木犀には母の思い出が寄り添っている。
毎年、金木犀の香る街路樹の下を歩いていると、
家の庭に咲いていた大きな金木犀の樹の下で、背伸びしながら見上げている
幼い頃の、わたしがそこにいるのだった。

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緑の葉陰にいっぱい咲いた、オレンジ色のいい香りのするこの花を、
まるで、お菓子みたいだと思っていた。
そして、こげ茶色の地面に、はらはらと零れて、あっという間に地面が
ちいさなオレンジ色の星屑で埋まってしまったような庭を綺麗だなぁって、
しゃがみこんでいつまでも眺めていた。

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幼いわたしの手のひらいっぱいに、オレンジ色の花を乗せてくれた母の笑顔と
やさしい眼差しを、金木犀の樹の下を歩くと、今でもふと肩越しに感じるのだった。
毎年、母の優しさを思い起こさせてくれるこの花が咲くのを楽しみにしている。
もうすぐ咲くと、心待ちにしながら、突然、ふわっと、やさしい香りに包まれてしまう
そんな日を待っている。

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きっと、何年経っても…。ずいぶんとおばあさんになっても…。
金木犀の花の下では、同じように幼い頃に戻れるんだろうなぁと思うのだった。
足を止めて、いつまでも佇む、おばあちゃんになった自分の姿が目に浮かぶ…
それは、わたしの憧憬なのだから。

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彼岸花点景 

山の中の小さな棚田の畦道に、点々と咲き続く彼岸花が撮りたい。
黄金の稲穂と、緑の草の土手、巡る水路と、畦道に燃えるように咲いた彼岸花に出逢ってみたいと思っている。
どこかで見た景色なのだろうか?
ずっと昔に、子供の頃に見た風景のような気がする。
でも、山間の田舎で過ごした記憶はない。そういう親戚もいないのだった。
それなのに、リアルに脳裏に浮かぶのは何故なのだろう。

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彼岸花の咲く時季になると、いつも不思議にそう思うのだった。
そして、カメラを始めてからは、いつかそんな風景に出会い写真に収めたいと思うようになった。
遠くまで探しに行けないので身近な秩父や群馬辺りの里山で探してみたい。
でも今年も、棚田のある風景を探しに行けずに花の時期が終わってしまった。

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先日、わずかな時間、近くの野辺に咲く彼岸花を撮りに出かけた。
彼岸花は、わたしにとって難しい被写体だ。
あの、燃えるような、混じりけのない赤が上手く出せない。

秋の野辺に、気持ちのいい風に吹かれて咲いている。
彼岸花の素朴な姿を撮りたいのだけれど…
結局、思い描く風景には出逢えず、花のアップだけになってしまった。
棚田に咲く彼岸花は、わたしにとって永遠の憧れになるかもしれない。

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category: 里山

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初宮参り 

8月27日に生まれた、孫のしょうちゃんの今日は初宮参りです。
上の孫のてっちゃんの時にお参りした青梅の住吉神社にお参りしました。
神主さんは、とても優しい方で、てっちゃんにも声をかけてくださいました。

住吉神社は、5月に行われる青梅祭りの時に中心となる神社です。
町内を練り歩く山車が、この神社から出発し、この神社に戻るのだそうです。
市内に住んでいながら、まだ一度も観た事がないので今度はぜひ見てみたいです。

古くからのゆかりのあるある神社の建物は立派で、天井には竜の絵など描かれていました。
宮大工をしていた義理の息子は、『ここの神社は本当に立派な造りです。』と感心していました。
厳かな神事の後、神社の門前のすぐ近くにある『スミレ写真館』というところで、
記念の家族写真を撮っていただきました。

この写真館は、てっちゃんのお宮参りの時にも写真を撮ってもらいました。
女性のカメラマンと、そのお母さんとで経営されているようです。
スタジオには、故人のカメラマンの方の写真が飾られていましたので、
この女性カメラマンの方が、後を継がれているのだろうと、そんな歴史を想像していました。

とても古い写真館で、昭和の香りがする建物ですし、写真スタジオもノスタルジックで、
何とも言えない情緒があります。
古い物が大好きなわたしはすっかり、この写真館が気にいってしまいましたが、
娘も義理の息子も気にいったようで、今回も写真を撮るならここと決めていたようです。

わたしたちが訪れると、女性カメラマンの方も、おばあちゃんも、とても喜んで迎えてくれました。
『まぁ、大きくなったわねぇ~!!ボクは、おにいちゃんになったのね~!!』
と、まるで親戚の子どもが遊びに来た時のように歓迎してくれました。

記念の家族写真を撮った後、てっちゃんとしょうちゃんの二人で撮ってもらいました。
しょうちゃんを赤ちゃん用の椅子に座らせ、その後ろにてっちゃんが立ちます。
最初は、何だか分からずに緊張気味だったてっちゃんは、しょうちゃんの後ろに立って
体を固くしています。

てっちゃんをリラックスさせようと、女性カメラマンの方が、おもちゃで気を引こうとします。
わたしたちも、その後ろで「てっちゃん、こっち見て~」「ほらほら、笑って~!」とか
言いながら、何とかてっちゃんを笑わせようとします。
みんな口々に誘っている姿、周りから見たら滑稽でしょうね。
でも、そんな所があったかくてしあわせを感じるのでした。

きっと、将来、家族写真はいい思い出になるだろうと思いました。
本当にいい写真館でした。

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category: 日々の思い

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