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風立ちぬ

日々の想いを風に乗せて…

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忘れられない言葉 

先日のニュースで、福島に続き、茨木、群馬、栃木でも、
ほうれん草やかき菜などの野菜が出荷停止になりました。
テレビでは、綺麗に包装された新鮮なほうれん草が、
大量に捨てられていく光景を写していました。
市場ではその産地の他の野菜まで、買い叩かれ、
通常150円ぐらいで取引されるものが1円、2円で取引されていました。
店頭では、その産地と言うだけで誰も買っていかないと聞きます。


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ある群馬県のほうれん草農家の方が、テレビに映っていました。
大きなビニールハウスの中は、処分されて何もありません。
でも、良く見ると小さなほうれん草の芽が出ています。
その農家の方は、ひざまずいて小さな芽に触れながら、
こんなふうに言っておられました。

『今は、出荷停止だと言われ、処分しなくてはなりませんでした。
でも、種を植えるしかありません。今は駄目でも、三ヶ月先、
半年先になったら、出荷停止が解除されるかも知れません。
その時に、出荷する野菜がないでは、すまされませんからね。
需要に対して、供給できないようでは、生産農家とは言えませんから…』


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昔も今も、農家の方々は、自分の労力を決して惜しんだりしないのだと思いました。
こんなにも誠実にひたむきに取り組んでくださっている
農家の方の努力が報われて欲しいと思いました。
そして、そのためには、わたしたち消費者が、
風評に惑わされないことが大切だと思いました。


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お友達の群馬のイチゴ農家の方は、やはり風評被害が起きていると言っていました。
昨日、送っていただいたイチゴとズッキーニは、傷一つ無い、ぴかぴかで美しい姿でした。
お友達と、その奥様が、丹精込めて作ったイチゴと野菜です。
太陽の恵みがいっぱい、愛情がいっぱい、詰まっている気がしました。
ひとつひとつ、味わって家族で美味しく頂きました。
娘のところへもおすそ分けしました。孫のてっちゃんも、大喜びだったそうです。


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このイチゴとズッキーニは、群馬にお住まいのエコさんのイチゴ農園からの直送です。
そても長閑で美しい里山風景が広がる山間のイチゴや野菜を栽培されています。
びっくりするほど大粒で甘いイチゴです。みずみずしさも美味しさの秘訣です。
ズッキーニは、青光りするくらいピカピカしていました。5ミリほどの厚さに
スライスしてバターで炒めて塩コショウ!これが一番おいしかったです。
よかったら、ぜひ、皆さんも召し上がってみてくださいね(^O^)/
もし、ご注文がありましたら、こちらへどうぞ(^^♪

        ↓
ズッキーニ&あきひめイチゴ吉田農園さま

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東京23区と多摩地区の一部の世帯の水が危ないと言われた途端、
スーパーから、ミネラルウォーターが消えました。
大人には問題はないが、1歳未満の乳幼児と妊婦さんは、
念のため、飲用しないようにという見解でした。
そんな切羽詰ったという事ではなかったようなのに、
スーパーが空になったりすると、乳幼児を抱えたお母さんや
妊娠している人たちは一気に不安になってしまうと思います。


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基準値が戻り、水道水の安心が戻った今も、相変わらず店頭は品薄で、
入荷してもすぐ売切れてしまう現状です。
わたしたちのところで、こんな事態では、福島の人たちはどうなるのでしょう。
被災地に届くはずの飲料水にも影響が出るのではないでしょうか?
やはり、冷静に、見極める事が必要だと思います。

福島のお友達は、地元のスーパーで、地元の野菜が姿を消した。
今年は、会津産のお米も無理だろうなぁと思う。
親戚の農家も悲惨な状況で、農家の人の痛みをひしひしと
感じると言っていました。そして、群馬のお友達に思いを馳せ、
こんな時だから出来るだけ協力したいと言っていました。


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「水道水の基準値が少しオーバーしたとの報道がされたけれど、
そちらは大丈夫?こちらのスーパーは一気に水が無くなったよ。」
と、話すと、『こっちは、水は大丈夫みたいだよ。スーパーにも
ミネラルウォーターがちゃんとあるよ。こっちから送ろうか?』
と返事が来ました。その言葉に、胸が熱くなってしまいました。


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今、危険と隣りあわせで生活している地域に住む友達の、
この暖かい言葉を、わたしたちは噛み締めなくてはと思います。
誰が悪いわけではないけれど、みんな、ともに、生きているのですよね。
どんな時も、その事を忘れないでいたいと思います。そして、
『水を送ろうか?』と言ってくれた友の言葉は、忘れられない言葉になりました。
優しい友の言葉です。
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category: 日々の思い

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悲しみの先にあるもの 

タレントのSさんは、自身が運営する山梨の施設に
被災地の子ども100人を受け入れたそうです。
『とにかく、今必要なのは、学童疎開だと思っています。
危険な地域から子どもたちを避難させ安全な場所で
笑顔を取り戻してほしい。
そして、大人たちは、子どもたちのことを心配しないで
、被災地の復興に力を尽くして欲しいと思いました。』
Sさんは、自ら、何度も被災地を訪れ、避難所の人々、
一人一人に連絡先を手渡していました。
そして、受け入れ先の山梨の施設にも、ぞくぞくと
ボランティアのスタッフが集まっていました。
ある若い女性は、『何もしないでただ、時が経つのは嫌だったから、
ボランティアに参加しました。自分に出来ることで手助けがしたいです。』
と言っていました。

昨夜のJリーグと日本代表とのサッカーのチャリティー試合とか、
被災地を元気付けようと多くのタレントやスポーツ選手、
ミュージシャンたちも、行動を起こしています。

また海外からもたくさんの援助が届き始めています。
電力供給装置を無償で貸し出してくれたタイの代表の方は、
『日本は大地震で大きな痛手を負ったが、日本は孤独ではありません。
わたしたちが援助しますから。』と言っていました。
本当に世界の人たちも力を貸してくれているのだと実感した出来事でした。


まだまだ、福島の原発では、不眠不休の努力をされている方々が、
たくさんいらっしゃると思います。
福島の人々は、その原発を抱えて、不安な夜を過ごし不便な暮らしや、
目に見えない危険に、日々さらされ続けていると思います。
また、他所への非難を余儀なくされている方々もいます。

各被災地でも、まだまだ、救援が届かない場所もあると聞きました。
今だ行方不明の方の捜索は難航しているそうです。
『一日でも、一時間でも早く、家族のもとに返してあげたい。』
そんな気持ちで自衛官たちは、瓦礫の中から遺体を収容しています。

被害の大きかった地域の市長さんも、町長さんも、みな、精一杯、
住民のためにがんばっておられる姿もニュースで流れています。
住民の人も、行政の人も、ボランティアの人も、それぞれの立場で
がんばっている姿に、わたしは、きれい事を言っているだけなのかとも思います。
こころで寄り添うことしか出来ませんが、わたしたちはいつも、
自分に出来ることは何かを考えながら、日々、前を向いて行かなければと思います。

先日、被災地を音楽で励まそうと言う番組をやっていました。
また、アマチュア落語家やお笑いの人が、避難所を慰問している様子も見ました。
音楽や笑いは、心のケアに、すごく大切だと思います。
涙も枯れるほど、いっぱい涙を流したであろう被災地の人々に、
どうか、この歌声が届くよう、笑顔が蘇るようにと願いました。

歌番組の中で歌われていたビートルズのヘイ・ジュードが心に響きました。
歌詞は少し変わっていますけれど…こんな和訳にしました。
よかったら聴いてみてください。

ヘイ ジュ―ド 悪く考えるのはよそう 
悲しい歌も気持ちひとつで明るくなる
この悲しみを君の心に受け入れることだ 
そうすれば すべては好転するだろう

ヘイ ジュード こわがらないで
今こそ行動を起こそう、
全てを君の一部として受け入れてごらん
きっと すべては好転するだろう

たとえどんなに苦しくたって くじけるないで
何もかもひとりで背負い込むことはないんだよ
自分の世界を悲しみに満たして
心を閉ざしてしまわないでほしい

ヘイ ジュード 君自身が
心を開くことから さぁ、始めよう

category: 日々の思い

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好きな事 

地震以来、外に出るのもはばかられて、ずっと家に篭っていました。
計画停電があったり、ガソリン不足で長蛇の列が出来たり、
物流が滞り、スーパーに行っても一部の商品の棚は空っぽだったりしますが、
わたしたちの日常は、概ね正常に戻っています。
街に出れば、何事も無かったかのように、過ぎていく日々に違和感を感じていました。

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かといって、被災地に行けたとしても、わたしには何も出来そうもありません。
何をどうすればよいのか分からずに、私自身の無力さに、焦りを感じながらも、
自分が感じた事をブログに綴ってきました。
パソコンつけるのも、何だか電力の無駄遣いしているようで引け目を感じつつ…

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キブシ

最近、皆さんが気持ちを切り替えて少しづつフィールドに戻っていらっしゃるようです。
群馬のお友達のブログでも、愛らしいスミレの写真と一緒に、青い空の下に咲く花を
愛でる心をなくさないで欲しいと書かれていました。

『好きなこと』を楽しむ気持ちを、忘れないで欲しいという、つぶやきも、どこかの
ツイッターで読みました。

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アセビ

また、一緒に巨樹を探したお友達からは、いろいろ心配事の多い毎日ですが、
日常の生活をぶれずに踏ん張って行きましょうとメールをいただきました。

もうひとりのお友達も、日原の巨樹は、けしていい条件ではないところで、
踏ん張って生きているよね。被災地の人たちも僕らも踏ん張ることなら
出来そうだよね。と言ってくれました。

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白梅

福島のお友達は、自分たちのところも困難な中で、今、日本中でみんなが
やらなければいけないのは節電だと思う。
わたしたちは何とかやっているから心配しないでね。
家のすぐ近くにある高校が、30キロ圏内の人たちの避難所になっているんだけど、
そこで、地震後に赤ちゃんが生まれたんだよ。
困難な暮らしの中にも明るいニュースもあるんだよ。
こんな時だから、みんな出来ることは協力していきたいよね。
とメールをくれました。

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タチツボスミレ

また、もう一人のお友達は、こんな中でも、自分の仕事を必死でやっていくしかない。
自分の仕事がうまくいって、初めて手助けが出来ると思っていると言っていました。

もう一人のお友達は、我々が日常の生活をしっかりやって、経済を回していくこと、
それが、被災しなかった人たちのやるべきことだと思うと、言ってました。

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コチャルメラ

もう一人のお友達は、『自分らしさ』を取り戻そう、この辺で軌道修正していきます
とご自身のブログで綴られていました。 
わたしも、みなさんに元気を頂いて、自分の好きなことを取り戻して行こうと思います。
そして、これからも被災地の復興を見守っていきたいと思います。
被害を受けたのは東日本でしたけれど、日本全員で共に背負っていかなければいけないと思うから…

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コチャルメラ

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渓流


昨日、風の谷に、ハナネコノメに逢いに行ってきました。
誰もいない渓流のほとりで、春の妖精たちは目を覚ましていました。
季節は何も変わらずに、今年も訪れ、そして過ぎていこうとしていました。
『遅かったね、待っていたのよ…』そう、言われた気がしました。
今年も、大好きなハナネコノメに逢えました…
みなさん、ありがとう。

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ハナネコノメの蕾

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ハナネコノメの群落

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日陰つつじの蕾

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イワウチワの蕾

category: 森・山

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全力疾走! 

連日、熱闘が繰り広げられている、春の選抜高校野球
開会式に選手宣誓をした、16歳のキャプテン。
「私たちは16年前、阪神淡路大震災の年に生まれました…」
と、始まった選手宣誓は素晴らしかったです。
堂々と真っ直ぐな眼差しで、被災地の人々への思い、
悲しみを共に背負い、みんなで、前へ進んでいこう。
自分に出来ることを精一杯やっていこうというメッセージに
きっと、多くの人が勇気をもらい、励まされたことでしょう。
地震と言う悲惨な出来事を乗り越えていこうとする力が、
若者たちの心にも大きく芽生え始めています。
そして、力を合わせていこうとする動きが、被災地にも、
全国にも広がっていることは、小さな希望の明かりが、
ひとつ、またひとつと灯っていくようで、とても嬉しいことですね。
復興には長い道のりでも、この若者たちの力がある限り、
きっと、日本は立ち直っていくと思います。

今日の試合で、残念ながら東北高校は敗退してしまいましたが、
彼らが見せた全力疾走のプレーは、被災地の人々や、東北の人々に
そして、日本中の人々に勇気と希望を与えてくれたと思います。
試合後のインタビューで、キャプテンとピッチャーの選手が、
「最初から最後まで、全員で、全力疾走のプレーが出来たから満足です。」
「今、大変な時に、この試合に出させていただいて感謝しています。」
と述べていました。
本当に、さわやかで立派な姿でした。チーム全ての選手に
がんばったね!ありがとうと伝えたいです。

娘は、1歳8ヶ月のてっちゃんと、八月末に生まれてくる子が、
大きくなったら、この震災で知った、たくさんの事を教えてあげたい。
と電話で言っていました。

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お友達のmasaさんのページでも取り上げられています。
選手宣誓のシーンの動画もありますのでご覧ください。
M's MEMORANDAM

category: 日々の思い

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友からのメッセージ 

ブログの記事を読んだ友達から、こんなメッセージをいただきました。

しーちゃんのブログを読んでけっぱるって、力がみなぎっているって感じの言葉だなぁと思ったよ。
けっぱる心、東北の人の負けてたまるか!!っていう魂のこもった言葉なんだね。

そして、当たり前の反対はありがとうなんだって思ったよ。
いままで、当たり前だと思っていたもの全部にあリがとうって思いたいね。
今だけじゃなく、これからもずっと…。

友のメッセージを読んで、友が言っている当たり前の事ってなんだろうと考えました。
被災した方々にボランティアの方々が、救援物資を届けたり、救援活動をするのは、
当前の事でしょう。こまっている人に手を差し伸べる…その当たり前の事に
被災者の方々は「ありがとう」と頭を下げます。
こんなにも大変な目にあっているのにもかかわらず、
ありがとうの言葉を忘れない姿に、感動したのだと思います。

当たり前に、あると思っていた全ての物に、感謝したい。
これからも、その事を忘れずにいたい。そう思ったのだと思います。

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もうひとりのお友達のHちゃんはこんなメールをくれました。
大地震の日、外から慌てて家に帰る途中、ひとりで泣いている女の子を見かけたそうです。
声をかけると、お母さんが仕事で出かけていて、一人ぼっちで怖くなって外に出て泣いていたそうです。
「どんなに心細かったろう…」と、自分の子どもの幼かった頃に思いを馳せると
胸がいっぱいになり、ぎゅっと抱きしめて一緒に泣いてしまいました。

『わたしの家に、一緒に行こうか?』と、言いましたが、女の子は
もうすぐ、お姉ちゃんが帰ってくるから大丈夫だと言います。
そこで、お姉ちゃんが帰ってくるまで一緒に居てあげて
『何か困ったことがあったら、いつでも、いらっしゃい。』と、
Hちゃんの自宅を教えて帰ってきたそうです。

その翌々日、その女の子がお母さんと一緒にやってきました。
お母さんは、『本当に、どうもありがとうございました。』と
何度もお礼を述べたそうです。
実は翌日にも来てくれたのですが、Hちゃんが留守だったそうです。
Hちゃんは、お母さんが訪ねて来てくれたことでホッとしたそうです。
それまで、もしかしたら自分は余計な事をしたのではないかと、
葛藤していたと言います。

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女の子のお母さんは、今回の事で、地域の関わりの大切さを考えさせられたと言いま
した。
今まで、共働きと言うこともあり、あまりご近所との関わりがなかったのだそうです。
その言葉を聞いてHちゃんは、自分には、いざと言う時に助けてくれる
姉のようなご近所の方がいてくださることに心から感謝したそうです。

わたしも、Hちゃんの優しさに感動すると共に、とても考えさせられました。
わたしの住んでいる地域も、新興住宅街で、色んな所から来た人たちが住んでいる地域です。
昔からここに住んでいたという地元の人は、ほとんどいません。
そして、ここ数十年のうちに、アパートが出来たりして、顔も知らない隣人が増えてきました。
古い隣人は転出していったりして、自治会の顔ぶれもだいぶ変わりました。

もし、あの地震が、わたしたちの地域で起きていたなら、東北の人々のように
助け合い励ましあって乗り越えて行けるのか自信がありません。
もしかしたら、その時は、お互い助け合って行けるかも知れませんが、その逆で、
みな自分の事ばかり主張して、散りじりになる可能性もあるような気がします。
わたしたちは、やはり、被災地の方々に多くを学ばせてもらわなくてはいけないと思いました。
とくに、お互いに繋がり助け合う“こころ”を。

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また、こんなお話も聞きました。
あの大震災の日に、地方の娘さんが、都内に試験のために出かけていたそうです。
ところが地震で電車が止まってしまい、駅もシャッターが下ろされ
外に出されてしまいました。見知らぬ都会の街に突然ほうり出されて
途方にくれていると、見知らぬ女性が声をかけてくれ、一晩泊めてくれたそうです。
都会の片隅で、あの大震災の夜、こんな心の温まるドラマが
きっといくつもあったのだと思います。大都会の人の絆も捨てたもんじゃない
そう思いました。

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もう一つ、放射能が水道水から検出され、乳幼児や妊婦のいる家庭では
水道水を飲まないでください。という、政府の発表に、
あっという間にスーパーのミネラルウォーターが無くなってしまいました。
その翌日、1歳の男の子を連れて買い物に行った主婦は、並んで水を
購入する事が出来ないので、諦めて500mlのペットボトルを籠に入れ
レジに並びました。すると見知らぬ女性が声をかけて来ました。
『水を、取り換えませんか。』と言われ、2ℓのペットボトルを
譲られました。その主婦は、『本当にありがたかった。
この受けた恩を、わたしも誰かに返します。』と言いました。
恩送りですね。これも、いいお話しでした。

ありがとうってこころ、大切ですね。


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category: 日々の思い

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祈りの空 

昨日、復活した外部電源から電気を引くべく原子炉内部の地下司令室で
作業をしていた東京電力関連会社の社員3人が被爆したとのニュースが
飛び込んできました。
三人は20~30代の若い社員だったそうです。

原子炉の危機的な状況を何とか回避するために、
福島近郊の人々の命を守るために、いいえ、日本を守るために、
最前線で危険な作業をしていてくれた人たちです。

地震が起こり、次々と原子炉の建屋が爆発を起こし、原子炉の危機が
報道され始めた頃、
人々の東電非難や、原発非難に対して、東電関連会社の社員の妻だという
一人の女性が涙ながらに訴えていました。

『わたしの夫は、地震発生以来、原発に泊り込みで必死に作業していて、
いまだに、家に帰ってきていません。一生懸命頑張っているそういう人
たちもいると言う事を、どうかみなさん、忘れないでください。
そして、そんなに悪く言わないでください。』

わたしは、この悲痛な叫びに、胸が痛みました。
自分たちは安全な場所に居て、東電が悪い、原発が悪い、政治が悪いと
非難を繰り返す人たちは、この女性になんて答えるのだろうと思いました。

いつ、爆発するとも知れない、巨大な原子炉。
遠隔操作できる可能性の全ての手段が断たれ、最終手段として、今、
人の手による作業に委ねられています。

放水作業にあたった、ハイパーレスキュー隊の隊長が、
「目に見えない、色も臭いも分からない恐ろしい敵に立ち向かう」
と表現されていましたが、本当にその通りだと思います。
今、決死の作業が行われている場所は、誰しも、本来なら絶対に
近づきたくない場所でしょう。恐怖に逃げ出したくなる場所だと思います。

そんな場所に、立ち向かわなければならない人たちの事を思うと
言葉になりません。「誰かがやらなければならない…」
しかし、なぜ、それが自分なのだろう…
自分にもしものことがあった時、残された家族はどうなるのだろう…
きっと、そんな葛藤が何度と無くあったはずです。
それでも、大切な家族や愛する人々を守るために、踏み止まり、
目に見えない恐ろしい放射能を浴びながら挑んでくださっているのです。

感謝するとか、申し訳ないとか、もう、そんな言葉では足りないと思います。
信じるしかありません。祈るしかありません。
政府や東電のことを批判する前に、
危険を顧みず、勇敢に戦ってくれている方々に、わたしたちは、
みんなで心を一つにして応援し、見守り、そして信じ続けましょう。

みんなこの空の下で繋がっているのです。
わたしたちの毎日の生活のすぐ隣に、みんなのために頑張ってくれている
人がいる事を、常に意識したいと思っています。


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category: 里山

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けっぱる心と感謝の心 

壊滅的な被害を受けた陸前高田で、避難所ではなく倒壊した自宅で
生活している家族がいます。年を重ねたご夫婦の家族でした。
孤立しているのではなく自立して暮らしているのです。
水道は出なかったけれど、幸い井戸は無事で、街の人たちにも水を供給できるほどでした。
ご夫婦の長男は、消防団でお年寄りを背負って逃げている時に津波に襲われました。
ご夫婦は、自分たちで長男を弔ったあと、その場所に留まったそうです。
母親は毎日位牌に手を合わせながら、
『わかる、わかる、無念だったよなぁ、お前の気持ちはよくわかるよ。
お前はよく、がんばったよ…でも、津波が大きすぎたぁ…
あとは、残った家族のこと見守っていてなぁ…』
と温かみのある東北訛りで涙ながらに語りかけていました。

大地震の翌日の12日、次男のところに、赤ちゃんが生まれまたそうです。
失われた命と引き換えに、生まれてきた新しい命…
テレビカメラは、毛布にくるまってすやすや眠る無垢な赤ちゃんの寝顔を写していました。
母親は『なんだか、生まれ変わった気がする。授かった命を大切にしたい。』
と、涙を拭いました。
家族は、近所の人たちにも声を掛け、助け合いながら暮らしています。
年老いた父親は『生かされてる命だから、生き残ったものたちは、
どんな状況だろうともがんばるしかない。がんばると言うよりけっぱるよ。
たとえ、復興に何年かかろうとも、何十年かかろうとも、この場所を動かず
この場所でけっぱる(頑張る)よ。田舎にこんな爺がいることを、伝えてけれ。
みなさんに、よろしくなぁ』と、穏やかなほほえみを浮かべで話していました。
肉親を失い、悲しみに心が折れそうになりながら、それでも、明るい笑顔を見せる。
東北の人たちの暖かな気持ちと辛抱強さを、改めて実感しました。
この、負けない強さって何なのだろうと思いました。
逆にわたしたちのほうが励まされているような気がします。

お年寄りや大人たちだけでなく、子どもたちも、明るく振舞っています。
その汚れない笑顔は、宝物です。
父や母を失った子どもたちまで、悲しみを乗り越えて支え合っています。
そして、地域の人が頑張っているのだから自分たちも出来ることをしたいと、
率先して、ボランティアに加わってお手伝いをしています。
その無垢な心、健気な姿に、わたしたちは涙を禁じ得ません。
ぎゅっと抱きしめてあげたくなります。
そして、その姿に、きっとこの災害を乗り越えていってくれるという
希望の光を見る様な気がします。

インタビューにも、あまり文句を言っている人を見たことが無いです。
それどころか、救援隊の人たちや、自衛隊の人たちに、助けに来てくれて
ありがとうと、感謝の言葉ばかり聞かれます。
遠くの家族への呼びかけを、テレビで放送してもらえることになった
おじいちゃんは、仙台に住む息子たちに、こう話しました。
『わしは、元気だから心配しないでいいから、地域の人や、ボランティア
さんに、ほんとうにお世話になってるから大丈夫だ。
食べるものも運んでもらって良くしてもらってありがたいことです。
こうやって、息子にも連絡をしてもらって、本当にありがとうございます』
何度も何度もお礼を言って、本当に、何度も何度も頭を下げていました。
その姿に、「おじいちゃん、もう、そんなに頭を下げなくていいんだよ…」
と、言ってあげたくなりました。

わたしたちは、地域の絆と助け合いの精神を改めて、この人たちに学ばなければいけないと思いました。

けっぱる心とありがとうの心を教えてくれてありがとう。


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category: 日々の思い

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負けない心 

津波に襲われ瓦礫と化した街に無惨に建物だけが残された老人ホーム
その屋上にも、二階の窓にも、数台の車が突き刺さったような形で残されている
凄まじいまでの津波の爪痕…
その中を、行方不明の息子を探す、父と若いお嫁さんの姿がありました。
その老人ホームで介護職員として夫と一緒に働いていたと言うお嫁さんは
『ひとりでも多くの入所者を助けるために、きっと、最後まで、走り回っていたと思
います。』
と言って、涙を拭いました。


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その時、一時避難させたお年寄りを、より高い安全な場所へと車椅子を使って、
職員が移動させていたそうです。何度も行き来して、22名の方を非難させた後、
まだ、残されているお年寄りを救おうと非難させているさなか、津波に襲われ、
何人ものお年寄りが流されてしまいました。
そして、その中にお年寄りを搬送しようと決死の作業をしていた職員もいました。
『一緒に逃げようと言ったのですが…』そう言って泣き出したお嫁さんを、
お父さんは、『○○ちゃん、泣くんでない・・・』と、慰めるように言います。
そして、今度は自分自身に言い聞かせるように、振り絞るような悲痛な声で
『あいつは、逃げるような男ではないんだぁ…あいつは、信念の男だ…』
と、言ったあと、涙をこらえて遠くに目をやり立ち尽くしていました。
その、姿を見て、とてもやりきれなかったです。
きっと、親を大切にする人間味ある素晴らしい息子さんだった事でしょう。
そして、思いやりのある優しい夫だった事でしょう。
罪もない人々を、一瞬にして飲み込んでしまった津波を憎みたいです。


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そんな悲しみの中で、東北の人々は、這い上がり立ち上がろうとしています。
ある避難所でインタビューを受けた若い女性が、明るく力強く言い切りました。
『世界最大級の災害だったのなら、わたしたち東北人は世界一の頑張りを見せてや
る!』
負けない心!!厳しい寒さに耐え忍んで、春が来るのを待ちわびる心で…

今年の春は北から来てほしい…と、テレビで誰かが言っていました。



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category: 日々の思い

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灯り 

時が寂しさを知れば 今が行くあてをなくせば
ああ、ぼくは月の光のような 歌を君と書くだろう

君を想う夜は 命を懸けてさえも
人が点せる灯りは あまりに儚い

今すぐに君に逢いたい この海を越えて行きたい
愛だけを深く信じて あの空を君と二人で越えて行きたい

BEGINの灯りという曲です…
今、なぜかこの歌を想いました。

人が点せる灯り… 原発の灯りのような気がして
今、原発を何とか収拾するために、多くの人々が
頑張ってくださっています。

日本各地で小さな善意の輪が広がり、大きな輪になろうとしています。
人の善意って素晴らしいですね。

☆ 関東地方で計画停電が実施され、東京の街の灯りが消えた
映像をテレビで見た、青森のおばあちゃんは、
『東京は、大変だなぁ。何か送ろうか?でも、
地震があったから、何も送ってやれなくて悪いなぁ』
と、言ってくれたそうです。

☆ 被災地の子どもが、計画停電の事を知り、
『ぼくたちの所に電気を送ってくれているために
計画停電で、大変な想いをさせてしまって、
関東地方のみなさん、ごめんなさい。」と言ったそうです。
なんて、素朴で優しい心の人たちなのでしょう。
もう、何も言えなくなりました…
被災して大変な思いをしているのに、わたしたちの事を
心配してくれている。申し訳ないとまで言ってくれるなんて…

☆ 福島の原発で作られた電気は、福島には使われていなかった。
すべて東京に供給されていたのだそうです。
それなのに、福島の人たちは今、住む所を追われています。
この事を知った時、わたしは、胸をえぐられる想いがしました。
自分の事ばかり考えて、不安がることが恥ずかしくなりました。

☆ 東京で働いていた若者は、被災して避難所にいる母を
訪ねて、食料は衣類、出来る限りの日用品を携えて行きました。
母が、わざわざ来てくれてありがとうと言います。
でも、持ってきてくれた品物は、ここでは足りているから
もっと、困っている人の所へ持っていって欲しいと言います。
若者は、もう一つの避難所を訪ねますが、そこでも、
「今、ここでは足りていますので、今日の分も足りなくて
困っている所へ回してください。」と言われます。
こうして、若者は、一番必要としている所へと、
その物資を運んだのでした。
そんなに、余分にあるわけではないと思いますが、
必要以上には、受け取らず、もっと、困っている所へと
回してあげたいと願う、被災地の人々の助け合いの精神に
心を打たれました。

足るを知る…余分な物を必要以上に買うのは止めようと
強く心に誓いました。

友人は、東北を旅して来たことを思い出すといいます。
旅の終わりに寄った八戸のガソリンスタンドでは、
『これから、東京に帰るのかぁ?どんくらいかかるんだぁ?
また(八戸へ)来てなぁ」って、見送ってもらった事を
思い出し、また、東北に旅しようと思ったそうです。

東北頑張れ!そして、茨木や福島の被災地も頑張ってください。
小さな灯りが、点り続けますように…
大切なことをいっぱい教えてもらってばかりですが
応援しています。長く、想い続けることが大切ですよね。
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category: 日々の思い

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職務を全うする 

昨日は、お彼岸で父母のお墓参りをしてきました。
時節柄、自転車でお墓参りに来ている方々もいました。
実家までの道すがらガソリンスタンドは全て休業中、
飲食店もお休みのお店が多かったです。
弟もガソリンが無くなったので、一昨日から自転車で
通勤しているとの事でした。

昨日は、春のように暖かい一日でした。
一転して、今日は雨…被災地では冷たい雨が降っているそうです。
昨日、9日ぶりに16歳の少年と高齢の祖母が奇跡的に
救出されました。
しかも、二人とも健康にはほぼ問題ないそうです。
悲しいニュースの中で、久しぶりの明るいニュースでした。


イワウチワ


そして、被災地で、何人かの新しい命が生まれてきています。
ある、若いお父さんは、
『災害の中で生まれて来たから、災害に負けない賢い子に
育ってほしい。こんな中で、頑張って生まれてきてくれて
ありがとう。と言う気持ちです。』と話していました。
お母さんは、『この子たちが安心して暮らせる街になるよう
早く復興させたいです。この子たちは希望の光だから…』
と、愛しそうに我が子を見つめていました。


エイザンスミレ

みなさんも、ご覧になっていた事と思いますが、
そんな中、原子炉の放水作業をするために、消防庁の
ハイパーレスキュー隊の隊員たちが派遣されました。
放射能を浴びながらの決死の作業にあたってくださったのでした。
大勢の部下たちを預かった三人の隊長のインタビューが
ニュースで流れていました。

隊員たちはそれぞれ、士気が上がっていますから、
一生懸命やってくれました。でも、それぞれ隊員たちには
家族があり、子どもがいます。本当に申し訳ないと思っています。
と言って、涙ぐみました。
ある隊長は、『必ず帰ってくる』と妻にメールしたそうです。
妻からは『信じて待っています。』返事が来たそうです。
部下の安全を守るために、隊長は常に最前線で放射能を
検出しながら指揮をとったそうです。
ある隊長は、出発前に『これから、原発に向かいます』
とメールすると、妻からは『日本の救世主になってください』
と、その一行だけのメールが届いたそうです。
その一行の中にあらゆる想いが込められている…
そう思い感動されたのに違いありません。
なんて素晴らしい奥様でしょう…
もし、同じ立場だったとしても、わたしには、そんな言葉を
伝えられそうもありません。
こんなふうに最前線で戦ってくださっている人がいることを知りました。
わが身を顧みず、人々のために、危険な場所で働いて下さっているのですね。
職務を全うして。


タチツボスミレ


津波で壊滅状態になった釜石だったでしょうか?
市の防災課に勤務していた24歳の女性は、その時、
「津波が来るので、皆さん高台に避難してください。」
と、防災無線で呼びかけ続けていました。
「6メートル、いえ、10メートルの津波です。
もう、すぐそこまで来ています。早く、早く逃げてください…」
最後まで呼びかけ続けていました。
彼女は、命を懸けて職務を全うしたのです。


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被災地に残された高齢者施設で、動けないお年寄りを残して
逃げるわけにはいかないと必死に介護を続ける介護士さんたち、

避難所で、被災者のために医療活動をする医師たちや、
自分も身内を亡くしながらも、病院に踏みとどまり
患者のために休まず診療を続けている医師…

たくさんの人々が勇敢に、必死に職務を全うしています。
わたしは、ただ、頭を下げ祈ることしかできませんでした。
みなさん、本当にありがとうございます。
どうぞ、ご無事で…


マツボックリ

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誰かの役に… 

これも、ラジオから流れてきたお話し。
★群馬県に住む女性の方からの投稿です。
今回の地震の災害援助のために、市に援助物資の窓口が出来たので
津波の被害の大きかった地域にお嫁に行った娘さんと家族のために
自宅用に備えておいた物資を早速届けました。

その後、電話が繋がり、避難所に居る娘さんと直接話が出来ました。
無事を喜び合ったあと、今日、援助物資を届けたことを伝えました。
「本当は、直接あなたに届けたかった…」と言うと、娘さんは
『いいのよ。きっと誰かの役に立つわ。お母さん、ありがとう。』
と言ったそうです。

娘を想う親心と、被災し何もない中で不安がいっぱいだと思うのに
切ない母心を思いやり、こんなに暖かい言葉を自然に言える娘さんの
心に感動しました。人って優しいですね。

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ぜひ、ご覧ください。 

尾瀬仲間の和風さんから、下記のメールをいただきました。

尾瀬仲間の皆さん、今回の地震で被害はありませんでしたか。
毎日、ニュースに流れる地震の被害に心を痛めています。

今日、尾瀬沼ヒュッテでお目にかかった安孫子さんという方から
福島原発の問題をYou Tubeに緊急アップしたという下記のメールを頂きました。
関東の方は福島原発について心配していると思い紹介します。
関心のある方は見て下さい。

皆さんのところは停電で苦労されていると思いますが、
体に気を付けてこの難局を乗り切りましょう。

福島原発の問題ついて、動画の紹介まで


今回の原子炉の災害の安全性について、専門家の立場からとても判り易く解説されている動画です。
この動画を見て、わたしが一番心配し不安に思っていたことが、解消され安心することが出来ました。
原子力について、無知であるがために、不安を増幅させるような風評が高まる中で、とても貴重な動画だと感じました。
わたしのように、ただいたずらに不安に感じている方々に、ぜひ見ていただきたいと思い、ご紹介させていただく事にしました。



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こころから 

昨夜、停電回復後につけたテレビに、おじいちゃんが映っていました。
それは避難所での炊き出しの映像でした。
一人に一つだけしか配られなかったおにぎりを食べながら、
インタビューされていました。
「おにぎり、足りなくないですか?おにぎり、どうですか?」って
聞かれていました。そしたら、おじいちゃんは、
『ひもじい時に、まずいもんなんてねぇ。こんなにうまいおにぎりは、
生まれて始めてだ。ありがとう…』と答えていました。
しかも、満面の笑みまで浮かべて…いままで、あんなにおいしそうにおにぎりを食べてる人を
見たことがなかったよ。
ねぇ、なんでこの状況であんなに優しい笑顔になれるのかなぁ。
なんか、被災地の方に、大切なことを教えてもらってばかりだよ。
しーちゃん、東北は今日も生きようとしているよ。
負けられないね。生きるよ、しっかりと。

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友のメールを読みながら、その情景が瞼に浮かんで涙しました。
また、こんなお話を娘から聞きました。

ある大阪のスーパーでのこと。
ひとりの主婦が、トイレットペーパーなどの生活用品を返品に来ました。
『昨日、必要以上に買い占めてしまいました。家に帰ってテレビを見て、
恥ずかしくなりました。返品できるでしょうか?』
主婦は返品した後、
『代金は、少ないですけれど、被災地に回してください。』
と言って立ち去ったのだそうです。

わたしは、このお話にも、胸打たれました。
自分さえよければ良いと言う訳ではないけれど、
物がなくなってくると、つい、余分に買ってしまいそうになります。
でも、被災地の悲惨な現状や、物資が無く、寒く不安な夜を過ごして
いる人々の姿
そして、みんなのために一生懸命働いている人たちの姿…
そういう姿を見て、自分の行動をきっと恥ずかしいと思った
のでしょう。みんな少なからず、思い当たりますよね。
でも、品物を返そうと思った主婦の行動は立派だと思います。
その金額はわずかでも、ありったけの勇気と真心がこもったお金です…

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1週間が経ち、被災地でも元気な人々が行動を起こし始めました。

ある避難所では、非難してきた人々の中で、20代の若者たちが
自主的に、高所で無事だった給水所から、各、避難所へと、毎日、
水を運んでいるというニュースも見ました。
助かった命だからこそ、みんなのために自分の出来ることをしよう。
被災地の中で、立ち上がった若者たちがいるのです。

海岸で片付けを手伝っている18歳の青年は、家族の安否は判らない
けれど『生まれ育ったこの街のために、今、自分に出来る事をします。
自分の力が、少しでも誰かのためになると思うから。』と答えました。
凛々しい眼差しでした。

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他にも中学を卒業したばかりの生徒たちが、避難所の食事の支度を
引き受けて頑張っていました。その中の一人の少年は、まだ、父親が
見つかっていないけれど、きっとどこかで誰かのために頑張っている
と思います。と気丈な笑顔を見せます。卒業式で父親に言いたかった
言葉があるといいます。それは、『15年間ありがとう。』という
言葉…まだ、言えていないけれど、これからもずっと一緒ですから。
と、健気な笑顔を見せたのです。

地元の漁師だったと言う青年は、『風景はだいぶ変わってしまったけれど、
ここは、海の幸も山の幸も美味しいし、人はみんな優しいところです。
これからも、ここに住み続けます。』と、きっぱりと言いました。

エイザンスミレ

あれだけの恐ろしい被害にあったのに、何て強い人たちなのでしょう。
救われるのでなく、自分たちも誰かの役に立ちたいと行動しているのです。
被災地の若者たちからも、本当に大切なことを教えてもらった気がします。
わたしもできる事をしなければと思います。

昨日、少しですが、義援金を送らせていただこうと、わたしたち家族の
想いを、娘が市役所の窓口へと届けてきました。

梅


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計画停電の夜 

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夕方6時20分から9時頃までの計画停電でした。
定時に職場を上がり、急いで家へと帰りました。
停電まで20分ほどしかありません。
慌ててご飯を炊き、お味噌汁とししゃもを焼きました。
ぎりぎりで炊き上がったご飯をおむすびにします。
食卓に並べて、ロウソクを用意しました。
次々と、家人が帰ってきました。
6時20分を回りました。外はすでに日が落ちて真っ暗です。
みんなが、食卓についたとたん、バチッと音を立てて電気が消えました。
消えると判っていたのに、消えた瞬間、ああ、ついに…って感じでした。
ロウソクを燈して質素な食事をしました。
こんなふうに、ローソクの灯りで家族で食事をするなんて、
そう言えば、今まで一度も無かったことです。
被災地のことを思えば、このくらい何でもないことです。
水もガスも食料もあるのですから・・・
それでも、とても不便なことでした。
「今夜は、被災地のことを思い、質素な食事にしたわ。
これでも、贅沢なくらいだろうけれど。」
『被災地じゃ、一日に、おにぎり一個を家族で分け合うと聞いたからな。』
『火の気もなくて、暖かい飲み物さえないんだものね。』
『しかも、体育館なんて、すごく寒いかななぁ。』
家族が揃い、そんな事を話し合いながら、囲む食卓は、なんてしあわせ
なんだろうと、改めて思いました。
そして、今まで、どれだけ飽食で、どれだけ、電気や燃料を無駄に
してきたのだろうと思いました。
うすうす判ってはいたのだけれど、きっと気づかないふりをしていた
のかも知れません。
そんな中、長女から電話がかかってきました。
電気が消えた瞬間から、1歳8カ月のてっちゃんは、
両手で顔を覆ってしまったまま、手を顔から離さないといいます。
抱っこして、大丈夫だよと言っているのだけれど、
小刻みに震えながら、怯えきっていると言っていました。
突然電気が消えた事は、小さな子にとって凄くショックなことなんですね。
被災地の子どもたちは、どれほどのショックを受けて
いるのだろうと思うと胸が締め付けられるような気がしました。
その後、パパが仕事から帰ってきて、やっとてっちゃんは
元気になり、食事を食べることが出来たそうです。
やはり家族が揃う事って大切なんだと思いました。

食事の後、湯たんぽを二つ、炬燵の中に入れて暖をとりながら
ラジオから流れるニュースを聞いて過ごしました。
ラジオは被災地の様子を伝えていました。凍てつく夜だそうです。
やはり、暗闇の中で涙しました。
外の様子を見に行った息子は、月明かりで外の方が明るいよ。
でも、街の方を見ると真っ暗で、何だかこの世の終わりみたいだよ。
と言って戻ってきました。
娘とわたしも外に出てみました。
『本当だ、暗闇に飲まれてしまいそう…』と娘も言いました。
そして、夜空を見上げて、ふたりしてオリオン座を見ました。
美しい星座でした。『被災地でも、この星座が見えているのかな?』
と、娘がぽつりと言いました。
「寒いね。被災地は雪が降っていて、もっともっと寒いよね。」
『うん、そうだよね。かわいそう…』
部屋に戻り、まだ、後1時間あるね。と話していたら、突然、
バチっと音がして電気が付きました。
その眩しさに、目がくらみながら、わたしたちは互いに、
「点いた~!!」と叫んでいました。

許容量に達したので、10時までの予定が1時間早く切り上げられたようです。
ロウソクの灯りの下に身を寄せ合って、家族で被災地の人々に
想いを寄せた夜でした。
何も出来ないけれど、少しでも役に立ちたい…
都会での停電は、交通など危険な側面もあるけれど、
みんなで注意して、できるだけ協力したいと思いました。
被災地のみなさん、どうか、がんばってください。
そして、北風よ。どうか吹雪かないでください。
オリオン座よ。春の星座たちよ。どうかやさしく見守ってください。

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生きる 

しーちゃん、こんな時だから、しーちゃんが撮ったお花の写真が見たいな。
ふわーっと優しくなれるからね。


そんなメールをお友達からいただきました。
メールには、その後に、こんなお話が書かれていました。
そのお話しに感動したのでここに書き写させていただきました。
そして、わたしが撮ったお花の写真で、もしも誰かがほっと出来るなら…
載せて行こうと思いました。

被災地で4日ぶりに子どもが救助された映像が流れていました。
そのご家族で、その子どもさんだけが、安否が分からなくて、
お父さんが朝早くから探して見つけ出したそうです。
お父さんが子どもを抱っこしながら、カメラに向かって
『皆さんも絶対に諦めないでください』と言って立ち去っていきました。
涙が勝手に溢れました。

ぼくらは今日も仕事だね。
直接には何もできないかも知れないけれど、いろんなふうに繋がって
何かの役に立っていればいいね。

よし、しーちゃん!
今日も生きるぞ!!



わたしも、このメールを読んで、涙が勝手に溢れて来ました。
それは、生還した子どもさんと、強い信念で探し出したお父さんの
「生きる」という強さに感動したからです。
巡り会えて本当に良かったです。
どんなに悲惨な状況にも負けずに、こうして奇跡は起こるものなのですね。

あまりにも恐ろしい地震と津波の映像に愕然として、
自然の猛威の中で、人間ってなんてもろく弱いのだろうと思っていました。

そして、人間が作り出した原子力が、自然や人を破壊する脅威になっているのに
それを抑える手立てがないなんて、人間はなんて無力なんだろうと思ってました。

でも、人間て素晴らしいですね。そんなたくさんの絶望の中にも
希望を捨てずに奇跡の花を咲かせることができるのです。

ある、山のお友達のサイトでも、
「大変な天災が起きてしまった。被災された方にはかける言葉もみつからない
でも、必ず春は来る。」と書かれていました。感動しました…

そうですね。荒れ果ててしまった大地の片隅に、
きっと、小さな花が芽吹くことでしょう。
諦めない心、信じる心、希望の心を持ち続けましょう。

わたしも、小さな花を咲かせるサイトでいようと思いました。
こんな時だからこそ、小さな春のお花たちを…

今日も生きている奇跡に感謝して。
早春の渓谷に咲くハナネコノメを…

ハナネコノメ


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美しい岩手は今… 

3月11日(金)14時46分 大きな地震と津波が東北地方を襲いました。
東京でも今まで感じた事もない揺れに、わたしは職場の机の下に
潜り込みながら、家族の事を思いました。

特に、孫のてっちゃんの顔、そして8月末の出産を控えた身重の娘の顔…
揺れが収まってきたので、急いで携帯を取り出し、メールを打ちました。

「怖かったね。大丈夫?まだ、来るかもしれないから今後も気を付けて。
何かあったら落ち着いて非難するように。てっちゃんの頭に帽子をかぶせて
あげてね。もしもの時は、必ずこちらから探しに行くから避難所で待つように」

そして、そのあと、他の家族へとメールを送りました。

何とか事なきを得て、家に帰ってテレビを見て驚いた。
堤防を決壊して街を襲った津波が、次々と家や車を飲み込んで怒涛のように
流れて行く映像。

田畑や集落を飲み込んで、アメーバーのように浸食していく津波の凄まじさ

燃え盛るコンビナートの夜空を焦がすような真っ赤な炎
見たことはないけれど、戦場はこのようではないかと思いました。

そして、翌日、次々と明らかになる被災地の映像は目を覆うばかりです。
壊滅状態になった街や村、廃墟となったその姿は見るも無残です。
逃げ惑う人々の映像や、命からがら避難所に辿り着いた人々の姿、
家族の安否を気遣い、涙ながらに話す姿は痛々しくて、涙なくしては見れなかったです。

一方、福島の原発では、原子炉が冷やせなくなっているという驚異に
どうなるのだろうかと不安になりました。
そして、命がけで原子炉に携わってくださっている人々や、被災地に
救援に向かう人々がいてくださることに頭が下がる思いでした。

けれど、わたしたちの日常はいつもと変わらず、複雑な心境です。
わたしが、賢治さんのふるさとを訪ねる旅に出たのは、つい半年ほど
前の9月の事でした。
どこまでも続く田園風景に、金色の稲穂が実り、長閑で美しい光景
がありました。
緩やかで大らかな北上川の流れ、小雨に煙る山影、
行き合う人は、みな優しく暖かかったです。

駅の案内所の女性、鹿踊りの練習をしていた農学校の生徒たち、
ホテルの人々、貸し自転車屋さんのおばあちゃんや、近所の人たち、
またおいで…と言ってくれた稲荷神社のそばのおじいちゃん。
その旅で出逢った行きずりの人々の顔が浮かびました。
あの人たちはどうしたでしょうか…
みんな無事でいて欲しいです。

わたしの知っている岩手は、そんな美しいところでした。
そして、優しい人たちが住んでいるところでした。
あの、岩手が、宮城や、福島が、こんなにも崩壊されてしまった
なんて信じられないです。

昨夜、連絡が取れなかった福島のお友達とやっと連絡が取れました。
家族はみんな無事だけれど、ライフラインが止まってしまい、
ケータイも繋がらなかったとの事でした。
家の前の道路も土砂崩れで寸断されているとの事、彼女はいま、
大変な暮らしを強いられているのです。
「でも、無事で良かった。津波に飲まれた人たちに比べたら、
しあわせだと言えると思う。がんばるよ!」
彼女のメールはそう締めくくっていました。

何もできない自分がもどかしい。こうして、変わらない暮らしを
している自分がなんだか申し訳ない気がします。
早く、一日も早く、この状況が良くなりますようにと祈るしか
ないけれど、自分にできる事をしていきたいと思います。

まずは、節電…被災地の人々の事を思い、無駄な電気は使わない
ようにします。パソコンも時間を決めて切ろうと思います。
そして、微力ですが義援金ぐらいは、協力したいと思っています。

そして、いつか、もう一度賢治さんのふるさとに行こうと思います。

category: 里山

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緑の森博物館 

さいたま緑の森博物館…この素敵な名前のフィールドは、狭山湖に隣接した
丘陵地帯を整備したもので、三ヶ島湿地と呼ばれていた場所にある。

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美しい雑木林の丘陵と、所々に萱の生い茂る谷戸があり、
雑木林と湿地の境目には、緩やかな起伏の畑地が続き、民家が点在する里山が続く。
それら全てを含めて“緑の森博物館”と命名されたフィールドでは、
いろいろなネイチャースクールも開催されているようだった。

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実はわたしは、この狭山丘陵のすぐ近くに生まれ育った。
この武蔵野の面影を残す風土は、言わば、ふるさとのように懐かしいのだった。
なだらかに続く畑地と、所々にこんもりと繁る屋敷林や、落葉樹林の雑木林などが続く光景。

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たまーに、仰ぎ見るような欅の巨樹が大きく枝葉を広げていたり、
桑畑で、赤い桑の実を摘んだことや、菜の花畑の黄色い波の中で
溢れるほどの花の香りに包まれたことも

神社の境内に聳える椎の樹が物凄い数の実を降らせたり、
雑木林で太陽のコロナのようなクヌギの実を拾った事も、

そんな断片的な思い出そのものが、わたしの中の武蔵野の原風景でもあるのだった。

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そんな思いを胸に歩き始めたどんよりとした曇空のこの日は、
とても寒い一日で、冬枯れの雑木林はひっそりと静まり、鳥たちの声も聞こえてこないのだった。
わたしたちは、足元の枯葉をしくしく踏みながら、迷路のように繋がる小道を歩いて行った。

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湿地では、アカガエルの鳴き声が聞こえていた。
『何だ?鳥か?』と聞く主人に、あれは、冬眠から覚めた蛙の声よ
と教えながら、ああ、春なんだね…そんな事を話していた。

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それでも時々、高い梢に、エナガやシジュウカラがさざ波のように通り過ぎ、
前方の杭には、ルリビタキのメスがやってきて囀ってくれた。
結局、どちらも遠すぎて、主人は写真に撮れないと不服そうだったけれど。

あちこち歩いてリョウブの林にやってきた。
ここは、係員の人が教えてくれたウソのポイントらしかった。
一人の男性が、カメラを構えてじっと梢を眺めているのに出会ったが、
ウソは来ていないようだった。
主人はいつも、さっさとどこかに行ってしまうので、
その林でゴジュウカラを見たのだが、主人には教えて上げられなかった。

でも、そのうちモズが現れてくれたり、ジョウビタキのオスがやってきた。

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この後、わたしたちは林を抜け里山に飛び出た。
小さな流れが巡る畑の脇の梅林の中に、アオジがいた。
綺麗な薄い黄色の胸をしている。
主人に教えてあげたくて、呼ぼうとするのだが、
あいにく主人は、離れた場所をうろうろしていたりした。
なかなか気が合わないのが残念だった。

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何度も呼んで、ようやくやってきた主人は、やっとホオジロのつがいを
見ることが出来たのだった。

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里山には、古い神社や、お寺があり、珍しいカヤの巨樹などもあったりした。
苔むした狛犬や、鎮守の森に囲まれた社や、赤いトタン屋根に映える白梅とか、
何だかタイムスリップしたような里道を巡って、わたしたちは丘のように続く農地を行く。

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民家の庭先では、コゲラたちが幹を叩いていたり、シジュウカラやヤマガラや
ジョウビタキが飛び回っていたりとなかなか賑やかで、楽しかった。

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そして、見晴らしのよい畑で作業する人たちの姿を眺めつつ、丘の上へと上がれば、
とても樹形の綺麗な大きな木が一本聳えている。
何の巨木だろうと近づくと、プレートがありエノキであることに気付く。

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こんなに綺麗な樹形のエノキを見たのは初めてだった。
灰褐色の幹を風雨にさらし、天に向かって大きく枝を伸ばしている。
きっとたくさんの小鳥たちが、この枝先で羽を休め、梢をわたる風の音や葉擦れの音
を聞いたことだろう。
わたしは、この樹がとても気に入ってしまった。
今日は、この樹に出逢えただけで嬉しい。

畑にはホトケノザ、春なんだね!綺麗だよ…
星の瞳の青い花の絨毯はどこかに無いかなぁ…

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わたしが、そんな事を考えていると、主人はもう、一目散に駐車場へと丘を降りて
いったのだった。

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category: 里山

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