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風立ちぬ

日々の想いを風に乗せて…

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秩父山中花のあとさき 

お友達が、『良かったら見てください』と、NHKの番組のお知らせをメールしてくれた。
わたしは、とても見たかったドキュメンタリーだったので、録画してテレビの前に座った。
思っていた以上に素晴らしくて、感動が何度も、何度も溢れ、心が洗われるような気がした。
この番組を知らせてくれたお友達に感謝したい。素晴らしい出逢いを教えてくれてありがとう。

秩父の奥にある過疎の山村“楢尾”は、かつては林業と養蚕が盛んに行われ、人々は急峻な斜面に段々畑を開墾し、杉を植え生業を立てていた。
やがて、安い輸入材に押され、林業も養蚕も衰退し、若者は仕事を求めて山を降り、村には高齢のお年寄りが残された。
今は、5戸9人となってしまった楢尾の集落、そこに住むむつおばあちゃんを軸にして、物語は進んでいく。

段々畑での耕作が出来なくなった85歳のむつさんと公一さんの老夫婦は、先祖代々守ってきた畑が荒れ果ててしまっては申し訳ないと、畑に花を植えて山に還そうとする。
自分たちで挿し木をして育てた苗を畑に植え、道端にも植え、一生懸命世話をする。
植えた木は、冬に水をやらないと枯れてしまうからと、急な斜面を登りながら、一本一本に水遣りを怠らない。
夏は草や蔓が茂ってしまうからと、下草刈りに汗を流す。
こうして育てたカエデや花桃、レンギョ、紫陽花などの草木は一万本になったという。
誰のためでもなく、誰が見届けるわけでもないのに、無償の努力を怠らない。
『花は、みんな香りがあって、それぞれ色も違うけれど、器量の精一杯で咲くから、かわいいよ。』
『花が咲くと、綺麗だなぁと思って、なぁんにも忘れてしまうよ。』
『自分たちがいなくなっても、ふと、通りかかった旅人が足を止めて見てくれるかもしれないから。』
何気なくつぶやく一言一言は、むつさんの何とも言えない優しい笑顔とともに、心にジーンと沁みるのだった。

むつさんご夫婦だけでなく、お隣に住む武さんご夫婦もまた、素晴らしい方たちだ。
80歳になる武さんは、数100ヘクタールもの杉林を一人で管理している。
杉は夏の下草刈り、冬の間の枝打ちが大切な仕事で一本一本、どんな木材になるか考えながら枝打ちをするという。
『植える馬鹿、看る馬鹿、切る馬鹿と言って、一本の木が成長するまでに3代はかかると、昔から言われているんだ。
1代目が20年世話をして、2代目が20年、3代目が20年、合わせて60年で、やっと一人前の木に育つ。
100年物の木になるには、5代経たないと駄目なんだ。
今、わたしが見ているこの木が一人前になるには、あと28年かかる。108歳ってことだから、きっと見れないだろう。
人の一生は長いようだけれど、元気で活躍できる時間は案外短いものだから、これを無駄にしたら大変な事だという昔からの教えなんだよ。だから、わたしは、80になってもまだまだ、現役だ。』
そう、穏やかに話す、武さんの言葉が、山に生きる人々の、素朴さや誠実さを物語っていた。

沢に降りて、清らかな水に喉を潤し、沢蟹を手のひらに乗せて慈しむ武さん。
『まだ、小さいから、子どもだよ。親がいねえところには、子はいねえよ。』
『暮らしは大変だけれど、いい所もあるんだよ。銭金じゃぁない、何かいい所があるから、ここに住み続けているんだよ。』そんな言葉に温厚な人柄が滲む。ああ、なんていい人だろうとそう思う。

ここに住むお年寄りたちは、厳しい山の生活の中で、家庭を持ち、子どもを育て、辛い事、悲しいこと、嬉しい事、幸せだったこと、いろんなことを乗り越えて来たのだと思う。
わたしたちには計り知れない生活があったのだろうなと思う。
そして、日本の原風景のような美しい村で、こうして寄り添い合って生きる。
『この頃は、小鳥とおんなじ、お日様と一緒に起きて、お日様が沈むと寝てしまうよ。』と、話すむつさんは、少女のようにあどけなくてかわいいと感じてしまう。そして、心が美しいと思うのだった。

公一さんを亡くした翌年、畑でひとり花の世話をするむつさんの姿をカメラは追っていた。
『去年は、おじいさんの世話で、畑の草取りが出来なかったから。』と、丸く小さくなった背中で、一心に畑の草を取っていた。
『今年は、体が弱ってしまって、すぐに疲れてしまうんだよ。』
背中に取れたてのたけのこを入れた袋を背負い、ゆっくりとした足取りで、段々畑の急斜面を登って行く後姿…
その映像が最後になってしまったそうだ。
その夏、むつさんは畑で倒れ、帰らぬ人となってしまった。

むつさんと公一さんが植え続けた畑の花たちは、武さんや村の残された人々が、交代で今も世話をし続けているそうだ。
過去に放送したこの番組を見て、この村を訪ねてくる方も多いそうだ。
訪れる人たちはみな、むつさんと公一さんが暮らした山家にも訪れる。
小さな壊れた黒板が、今も玄関の脇にあって、そこには『裏にいます』と、むつさんの文字が残されている。
何だか、宮澤賢治のようだと思った。

むつさんの面影を慕って、ここに訪れた人たちは、無欲につつましく生きる美しさを、心の清らかさと豊かさを感じ取って帰って行くのではないかと思った。
いつか、わたしも訪ねてみたい…静かな山間の美しい村に。

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category: 日々の思い

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桜色の宵 

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柔らかな暮れ色に染まった和みの空に散りゆくさだめの桜が
切ないくらい美しく、優しく佇んでいた

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ほのかな薄暗がりに桜の精が静かに佇んでいるような気がして
桜の木のしたに、歩み寄り巨木の幹にそっと腕をまわした。
今年も美しく咲いて楽しませてもらってありがとう。
来年もまた、咲いてください。逢いにきます。

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見上げれば、まるで花笠のように広げた枝は、たくさんの花に霞んでいた。
幾年もの歳月を巡る春と共に精一杯に咲いて、いったいどれだけの人々の
心にその花姿を映してきたことだろう。

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柔らかな桜色の夕風が、しなやかな枝先をそっと揺らし、
はらはらと花びらが風に舞う
地面に散り敷いた花びらも桜色の川のように流れていた。

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たぶん地元のお年寄りだろうか何人かの人が、散り往く桜を愛でながら、
じっと見つめていた。
和服姿の女性もいて、こんな宵口の桜を愛でる人々の心を美しいなぁと思った。

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わたしは、枝垂桜に後ろ髪を引かれながら、桜の花びらが作った川を渡り、竹林の小
道を抜けて歩いた。
夕空の名残りの光が竹の艶やかな肌を、ほんのりと輝かせて、幻想的な世界を醸し出
す。
光り輝く竹を見つけた竹取翁の心境を思ったりしながら、物語の中に入っていけそうな竹の回廊を歩いていくと、やがて、小さなお稲荷さんの紅い鳥居がいくつも並んでいる石段に辿り着く。

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せっかくだからと、お参りをすれば、石段の上の苔むしたキツネの石像が、じーっとこちらを見ているような気がした。
“となりのトトロ”の中に出てくるお稲荷さんのあるバス停の場面を思い起こしながら、不思議な世界に入り込みそうな石段を降りていくと、人一人が通れるくらいの小さな踏切に出た。

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その踏切の脇にはクスノキの巨木が繁り、つい、根っこに雨露がないか探してみたりしてしまう。
細い路地を辿れば、造り酒屋の煉瓦造りの煙突や、
古い材木屋さんの家屋や木の香りのする材木が立てかけられた作業場があったり、
古い平屋の民家とが入り混じっていたりする。
裸電球のようなオレンジ色の灯りが漏れる、古い引き戸の玄関、
入り口に植えられた枝振りのいい松や、綺麗に刈り込まれた垣根。

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山々が線路のすぐそばまで迫っていて、ちょっと高架になった歩道橋に上がれば、
山の上に一番星が輝き始めていた。

坂道の上の踏切を渡って、少女が夕闇に消えていった袋小路には街頭がポツンと照らしていた。
コトコトと夕餉の支度をする音が響き、どこからか良い匂いが漂ってきて
わたしも、夕暮れの散策を終えて家路を急がなければ…と思う。

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表通りですら、青梅の街はノスタルジーの世界だった。
古い商店街の明かりや、木造の商家の格子窓、石畳の道を走る車も心なしか緩やかだった。
ねじまき雲という、小さなカフェに灯りがともっている。
いつか、訪れてみたいお店だった。

昼間とは違った街の雰囲気に、惹かれつつ、わたしは急いで家へと向かった。
ほんの1時間余りの散策だったけれど素敵なものをたくさん見れた。
こんなに身近に、素敵な世界があったことに今まで気づかずにいた。

どんな時でも、求めようとする心さえあれば、きっと何かが見つけられるのだと思う。
思い立って、名残りの桜を見届けようと、仕事帰りに来て良かった。
枝垂桜が巡り合わせてくれたのかも知れない。

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【この日はカメラを持っていなかったので写真は、一番美しかった満開の頃の桜です。】

category: 森・山

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トイレの神様 

  トイレの神様

♪トイレには それはそれはキレイな
 女神様がいるんやで
 だから毎日綺麗にしたら女神様みたいな
 べぴんさんになれるんやで♪


植村花菜さんという、若い女性アーティストが歌っています。
“トイレの神様”という、タイトルを聞いたとき、
わたしは、すぐにあることを連想しました。

それは、母が昔言っていた言葉です。
わたしが、初めての子を身ごもった時、
母は、こんな事を言いました。

赤ちゃんがお腹にいると、つい、拭き掃除が辛くなるけれど、
トイレはいつも綺麗にしておかないと駄目よ
トイレには、神様がいるのよ。
あなたが、お腹にいた時、毎日、一生懸命お掃除をしながら
トイレの神様にお願いしたのよ。
五体満足で元気な子が生まれますように、
かわいい子が生まれますように、ってそう願いながらね。
そしたら、本当に、元気で可愛らしい赤ちゃんを授かったのよ。

そんな、母の言葉を思い出したんです。
そして、この歌を聴いてみたら…
まさに、そのまんまのストーリーでした。
ただ、歌の方は、おばあちゃんと孫娘との心のストーリーですけれど…

作者の幼児期から23歳ぐらいまでの実体験を綴った詩だそうです。
聴き始めから、胸がジーンとして、最後は涙が止まらなくなりました。
母の言葉とオーバーラップしてなお更でした。
母のお話ばかりになってしまいましたが、とにかく、聴いてみて下さい。

下記の、“トイレの神様”をクリックしてください。

 ♪トイレの神様

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category: 音楽

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